BLOGブログ

2017年05月09日

自己表現がなぜ必要か?

前回に続いて自己表現についてもう少し書きたいと思います。

私は外資系企業に長く勤めていたので、外国人と日本人が参加する研修と日本人だけの研修で大きな違いがあることを知っています。

同じように研修を行う講師の間でも共通の話題かつ課題でもあります。

それは発言量の違いです。

「何か質問はありますか」と訊くと、外国人は必ず質問なり、自分のコメントを発言します。時には講師が促さなくても発言するので、逆に発言量やタイミングをコントロールする必要があるくらいです。

日本人だけが参加している研修の場合、「質問はありますか」と訊いてもほとんど出ません。

挙手がないのでこちらから指名して「いかがですか」と訊くと、ようやく発言が出てくることもあります。それでも発言が無い時もありますが・・・。

そうやって繰り返していくうちに、場がほぐれてきて発言がちらほら出てくることもあります。最後まで指名しなければいけない時もありますが。

この違いは「教育システム」によるところが大きい、と言うのが一般的な考え方です。

海外、特に欧米文化の国では、小さい頃から自分の意見を発言すること、いろいろな意見を受け入れ議論すること、などを学校で教わるので抵抗感が少ないのでしょう。

日本では正解の答を出すことが求められるので、「間違えると恥ずかしい」、だから発言を控えてしまう傾向があるようです。

でも仕事をしていく上では「正解」はありません。結果的に一番良い成果を出した方法が「正解」かもしれませんが、他の方法もあったかもしれない。

ですから仕事では「正解」を出すことは求められていません。「今この状況における最良の選択肢」を選ぶことが求められるのです。

そのためにはいろいろな視点で考え、さまざまな意見を聞きながら「最良の選択肢」に近づくのです。

ですから「発言をしない」ということは「貢献していない」ことと同じです。

私が勤めていた環境では、発言しないと「考えがない」か「理解していない」のどちらかと思われていました。

ですから「こんなこと当たり前だよね」と私が考えていたとしても「念のため確認だけど、こうういうことですよね?」と発言するのです。

そこから新たな課題が見えてくることもあるからです。何しろ多様な文化や価値観の中で仕事しているわけですから、私が当然と思っていても、相手には当然ではないことも多々あるからです。

でもこれは日本人同士でも同じです。発言しなければ相手が何を考えているか分かりません。

お互いの理解を深めるためにも、積極的に「アサーティブな自己表現」をしていきましょう!

最近の投稿

カテゴリー